【ともに生きる会】元TBSアナウンサー 小島慶子「家族と乗り越えた発達障害」
40歳を過ぎて発達障害の1つである、ADHD(注意欠如・多動症)と診断された


元TBSアナウンサーで、現在はタレント・エッセイストの小島慶子さん(46)が今夏、
インターネットで発信したある手記が注目を集めた。それは連載中の『日経DUAL』7月2日付の記事。


そこには、40歳を過ぎて発達障害の1つである、ADHD(注意欠如・多動症)と診断されたこと。
そして子どものころはもちろんのこと、女子アナ時代も、子育てに励むいまも、常々生きづらいと感じてきたその根っこに、自らの発達障害の特性があると知って、得心がいったと、こうつづっている。



《もっと早く知りたかったよ!》



「知ってホッとしました。他人と同じようにできないのは、心がけの悪さが原因か、能力が低いからか、と悩み続けていたから。でも、それが、脳の機能的な問題だとわかったわけです。『私は牛乳を消化できない体質』というのと同じですよね。そうと知っていたら、無理やり牛乳を飲むこともなかったのに。いつか飲み慣れると無理し続けて、これまでの私はずっとおなかを壊していたようなものですから。だから、対処の仕方がクリアになってよかったなと思えました」



小島さんは’72年、オーストラリア・パースに生まれた。父は商社マン、母は専業主婦で、9歳上に姉が1人いる。3歳までオーストラリアで過ごし帰国。その後、小学1年生のときに父の転勤に伴いシンガポール、翌年には香港へと一家で移り住んだ。



帰国し、日本に腰を落ち着かせることができたのは、小学4年生になってから。



「私は家でも学校でも、ひどい問題児でした。まず、落ち着きがない。常にもじもじして、じっとしていられない。声を出してはいけないところで出したり、グネグネしたり(笑)。それから、嫌なことに耐性がまるでなくて、受け流すことができずにすねて周囲を困らせたり、かんしゃくを起こしたり、駄々をこねたり」



中学から大学までは学習院で学んだ。’95年、TBSに入社。’00年、仕事で知り合った7歳上の夫と結婚。2人の子宝にも恵まれた。’10年7月、アナウンサーとして籍を置いたTBSを退社しフリーになる。



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小島慶子「家族と乗り越えた発達障害」
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